ロロノア家の人々〜外伝 “月と太陽”

    “世界の標準、ボクらの標準”


 
航海途中の夏島海域、
澄んだ浅瀬を小アジの群れが、
黒々とした帯のようになって躍っているのを見つけたもんだから。
途中から加わった、年長さんのフレイアが、
連れのチャッピー(注;お年頃のホワイトマックスイルカ)に、
腹いっぱいのご飯を食べさせてくると言い出して。

『だったら俺らの食いぶちも、一緒についてって捕って来ておくれ』

みどりの黒髪も麗しの、うら若き航海士さんから、
頼みごとの割にやや強引な手強さで背中を押されたのが、
そんな彼とは同い年とは言え、一応はこの船の長でもある、
正味 緑色の髪した船長さん。
誰ぞから指示をされるのが厭だったものか、
下唇を突き出して、むむうといかにも不服そうに膨れっ面をしていたのも最初だけ。
ツルリとなだらかな、巨大イルカのお背
(おせな)に乗っかると、
ご機嫌も直ってのあっさりと、お天道様みたいな笑顔を振り撒き、
行って来ま〜す♪と出掛けて行って。
ざっぱんと遠のく…のも、いつまでも大きいままという、
外海生まれにはちょっとびっくりものの、
巨大イルカさんの後ろ姿を見送っていたのも束の間のこと。

『さてと。』

今日は彼がお当番だった衣音くん、
腕まくりをすると、そりゃあてきぱきとキッチンにての一仕事。
塩焼きと煮付けと、
自家製味噌とあさつきとのたたきにしての“なめろう”の支度をしておれば、

『いやっほぉ〜〜〜っ♪』

浅灰色の柔らかそうな髪をお帽子で押さえた、ややイカスお兄さんに、
時折すべりそうになる身を支えられつつも、
お元気船長が戻って来たのが、それからほんの1時間後。
チャっピーは至極満足そうにしているし、
この船が納まりそうな底引き網を半分ほども膨らませるほどの大量を取ってきたってのに、
どこまで続いているものかという小アジの群れはまだその端っこが見えているから、

『…どんだけ大量のアジだったのよ。』

比喩でなしの山ほどという大きさの海王類にも驚かされるグランドラインだが、
普通一般のお魚の量もまた半端じゃないらしいグランドライン。
父上が伝説のシェフというベルちゃんが呆れたところで、
本日はアケボノ村アレンジの和風のメニューを、
いいお日和の下、甲板にて頂くこととなったご一同。

『うんうん、このみそ仕立てのたたきは香ばしくて美味しいね。』
『だろ? これって酒飲みには、
 小皿にちょこっとで酒がいくらでも飲めるって言われててさ。』
『あ〜、そりゃあ判るな。殊に和酒には格別な相性だろに。』
『…フレイアはともかく、あの子はお酒飲めないんじゃなかったっけ?』

なのに一丁前な言いようなんかしちゃってと、
肩をすくめたベルちゃんにしても、
フレイアさんが手際よくさばいた新鮮なカルパッチョは気に入ったらしく、
先程から箸が一向に止まらなかったりし。
偉大な航路とまで謳われ、海流や気候、生き物の生態系のみならず、
そこを闊歩する荒くれ共の残虐さや無軌道っぷりもまた、
結構な桁
(レベル)のそれだったりするのも何のその。
ルーキーと呼ばれるにも満たない、十代のお子様たちばかりという顔触れながら、
既に行程の半分以上は通過済み、
一頃は“新世界”と呼ばれていた海域へ、とっくの昔に突入していた彼らだったりし。

“しかも、こんなかわいらしい船でと来たもんだ。”

遊覧船でしょうか?と、遭遇した誰もがまずは舐めてかかるだろう小さなキャラベル。
当初は何とたった2人きりでイーストブルーから乗り込んで来た坊やたちを、
最低限の操船術にてもつつがない航行がこなせるよう、
がっつりとサポートしているあれやこれやは、
どれ1つ取ってもその筋の職人が驚きの仕掛けや機構ばかりであり。
とはいえ、そんなお船に頼ってばかりなんかじゃあない、
坊やたち自信の腕のほどやら度胸やらも、
それぞれ半端じゃないのが、途中参加のお兄さんには随分と驚きで。
少しばかり剣への心得があるからと思い上がっての、
遊び半分の航海なんかじゃあないからこそ。
相手が本心から“参った”と観念するまでは、
怯むことなく急所を狙った攻勢を繰り出せる冷静さは本物であり。
平和な世界で育ったらしき、ある意味 穢れを知らぬ人性へ、
そこまでの強い意志を培うのは随分と大変だったろに、

「そんなことを言ってちゃあ、こっちの命が幾つあっても足りないじゃんか。」

大の大人が子供相手に、
こりゃあ楽勝だなんて言って蛮刀振りかざすようなところなんだしと、
やはりケロリと言ってのける割に。
そんな相手へでも とどめまではまだ差したことがないのもまた事実。
今のところは舐めてかかった相手が意外な手ごたえに幻惑された揚げ句、
落差の大きさに“こりゃ堪らん”と降参の白旗を上げていてのこの現状だけれど。
最後の一線を越えねばならぬ一大局面へ一体いつ直面するのやらと、
ご陽気さの陰に潜む危なげなところ、
一応は気に留めてやっておいでの、自称・保護者代理様であり。

「そういや、船長さんは海賊王を目指してるんだよねぇ。」

喉越しのいい よ〜く冷やしたリンゴの炭酸酒を堪能していたフレイアが、
そのグラスがテーブルへと落とす半透明の陰を、とんとんと指先で叩きつつ尋ねれば。

「ああ、そうだ。」

そろそろ精悍な気配も見せつつある風貌だってのに、
容量的にはまだちっと薄い胸、
むんっと張って見せるところが、子供じみててかわいらしい。

「でもさ、何をもって“海賊王”って名乗れるのかが 今もって判んねくてさ。」

威張った割に、攻略法までは完遂できてないってところがまた、
いかにも幼い冒険者らしいお言いよう。

“それが通用するような、甘い海じゃあない筈なんだけれどもね。”

一昔前に比べれば、あちこち開拓されたり大掃除がなされたり、
観光が目的という一般の旅行客でも、
航路によっては入って来られるようにもなった“グランドライン”ではあるけれど。
悪質残虐なモーガニアが去った海域に、
しばらくして次の似たような手合いが巣くうというのもよくある話。
海軍の目が届かないとか、海流が荒いせいで流通路から微妙に外れているとか、
そういう根本的に付け込まれやすい海域には、
どうしたって同じような歴史が繰り返されてしまう悲しさもあってのそれで。
今でも“魔海”という呼び名は廃れちゃあいない航路だってのにね。

「母ちゃんの時代はサ、
 ゴールドロジャーっておっさんが残した秘宝を見つけりゃあ、
 それで“海賊王だ”って名乗れた目安にもなったろに。」

今は何だろな、母ちゃんよりも大喰らいだって伝説かな?
何よ、それ。
第一、そっちだって巨人族でもない限り、そうそうは破れない記録だと思うぞ?
結構な言われようをしている前代海賊王を母に持つ船長さん、
とりあえずの航路制覇を目指し、ラフテルまでの航海をしてはいるものの、
何を凌駕すれば良いんだろうかと、
そこのところを子供っぽくも、悩みの種にしておいで。
そんな彼へ、

「でも大剣豪も目指してるのよねぇ。」

こちらもフレイアさんの手になるところ、
イチゴジャムを挟んだパイ菓子をサクサクと齧りつつ、
お口を挟んで来たのがベルちゃんで、

「…大剣豪かぁ。」
「何だよ、その感慨深そうな言い方。」

フレイアさんの呟くようなリピートへ、
途端にぷんぷくぷーと膨れた船長さんだったものの、
それへは航海士くんもまた苦笑が止まらないご様子。

「誰だって微妙な言いようにもなるさ。」
「何でだよっ。」
「だから。俺たちは今世の大剣豪なゾロさんに、直々に剣を教わってたからサ。
 それもあって身内の気さくだったおじさんって目でも見ちゃうけど、
 お前に至っては“お父さん”ってのが先に来るのかもしれないけど、
 世間からすりゃあ世界最強の剣士で、伝説の人なんだぜ?」

それに…大剣豪になるには、
先の大剣豪を倒さねばならないのが大原則なのだろうから、

「お父さんが相手じゃあ、なかなか完遂は難しいんじゃあないか?」

腕白やんちゃで、先にも述べたが半端じゃない覚悟は腹に据えてる子でもあり。
大人相手に怯むという恐れは無さそうながら、
それでも…相手が身内となると、そこはやっぱり気勢も萎えるのではなかろうか。
フレイアとしてはそこを言いたかったらしくって…。

 「……なんで?」
 「はい?」

ところがところが、
そこへは真実、心かららしい“なんで?”というお顔をする坊やだったりし。

 「一旦向かい合ったなら、
  相手へ刃向けるのをためらってちゃあなんねぇっての、
  俺らに叩き込んだのも父ちゃんなんだぜ?」
 「そうそう。
  殺すことが目的じゃあないにせよ、
  殺したくはないなんて気持ちが先に立っての腕が縮んでちゃあ、
  守れるものも守れないって。」

いつまでも“迷子大王”だったくせになぁ。
え? ルフィさん曰く“昼寝将軍”じゃなかったか?
さすが身内で辛辣なコトこの上ないお言いようが続いてから、

 「第一、母ちゃんや みおにはしょっちゅう“参った”って言ってたしよ。」
 「あら、案外とフェミニストなのねぇ。」
 「ふぇ…?」
 「フェミニスト、何をするにも女性を優先してくれる人のことよ。」
 「母ちゃんは男だぞ?」
 「あ、そうだったわね。」

相変わらずな方向へ、話がどんどこ脱線してゆき、
こうなると付いてけないんだなぁと、
唯一の二十代、保護者代理のお兄様、
優しげなお顔へ苦笑を浮かべ、大海原へと視線を移す。
様々な人間の様々な思惑を乗せ、時には無情に飲み込んで、
いつまでもどこまでも単調なうねりを織り成すばかりの、
冷淡なまでに至って無気質な青い青い海原は、
だってのに数多の夢や野望を抱えた男らを惹きつけてやまない。

 “俺も他人様のことは言えないけどサ。”

今時のほのぼの、今時の合理とやんちゃを見せつつも、
時折垣間見せる古臭い“義”へのこだわりや、
こそり抱えた、謎めいた物思い。
まだまだ興味は尽きない和子らとの波乱の道中は、
もうちょっとほど続くようだねと、
伴走しているイルカさんへ、小さな苦笑を向けたお兄さんだったりするのである。





  〜Fine〜  08.7.05.


  *何だかよく判らないお話ですいません。
   あまりに放ってたんでお浚いがてら書いてみましたが、
   そういや“秘石”の謎はどこ行ったんでしょうか? Morlin.さん。
   フレイアさんの真の目的ってのも まだ明かしてませんしね。
   そもそもは単なる二世くんたちの旅日記っぽいものだったんで、
   広げた枝葉も拾っての、ちゃんと結末まで書けるのかなぁ?
(おいおい)


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